国の天然記念物「奈良のシカ」の保護活動に取り組む一般財団法人奈良の鹿愛護会は2021年2月2日、「鹿に餌を与えない」よう警告した。コロナ禍によって奈良公園の観光客が激減し鹿せんべいが売れていない、などの報道で「鹿が飢えている」「鹿を救いたい」などと餌を与える人が増えたからだ。
しかし「鹿が飢えている」というのはネット上の噂ではなく、一般のメディアも報じている。いったい何が正しいのだろうか。
鹿が飢え植え込みの草を食べゴミ箱をあさる姿
奈良公園の鹿に関する報道はこれだけある。
「新型肺炎、中国人観光客激減で『奈良公園の鹿』が飢えている」(週刊FLASH 2020年2月18日号電子版)
「鹿せんべい」を販売する女性の話として、せんべいの売り上げが半分以下になり、鹿の様子が変わってきた。おなかが減って余裕がないのか、突進するくらいの勢いで人に寄っていく、と書いている。
「奈良中心部 消えた観光客 鹿せんべい8割減」(毎日新聞電子版20年3月6日)では、毎日のように見かけた鹿せんべいを与える観光客の姿が無くなった、と書いている。
静岡新聞20年5月12日電子版は「コロナでさまようシカない、奈良 観光客が激減、せんべいもらえず」という見出しを掲げた。専門家の話として、鹿はシカせんべいをもらえなくなった影響で「首をかしげながら」町をさまよい歩いている。公園から直線で2キロほど離れたJR奈良駅周辺にも出没するようになり、植え込みの草を食べ、ごみ箱をあさる姿も目撃されている、とした。
観光客の回復なければ体力のないシカが死ぬ
「(奈良公園で)鹿せんべいをもらえなくなったシカが木の実などの餌を求め、観光客が集まる公園中心部から山林部へ移動」と書いたのは時事通信(20年11月7日電子版)だ。北海道大学同大の立沢史郎助教(保全生態学)の話し、
「観光客の鹿せんべいに依存していたシカが自然の植物に目を向け、中心部を離れた」
を掲載。畑や花壇が荒らされるなど市民生活にも影響が出ている。それは「人に依存せず自然の餌を食べるなど、本来の姿に戻っている」ということでもあるが、観光客が回復しなければ体力のないシカが死ぬ恐れもある、としている。
こうした報道に触れると「鹿が飢えている」「鹿を救いたい」という気持ちになり、動物愛護の精神で鹿に食料を届けたいと考える人が増えるのは頷ける。ところが真逆の記事があり、観光客が少なくなって鹿が「健康になっている」というのだ。それが産経新聞電子版(20年9月24日)の、「観光客減で奈良のシカが健康に 鹿せんべい依存の個体も?」という記事だ。
「観光客減で奈良のシカが健康に」の報道
産経新聞記事には先の北大・立沢助教が登場し、同じように奈良公園内の鹿の数が減った理由を語っている。時事通信と異なるのは立沢助教が、
「シカは健康になっているかもしれない」
と答えていることだ。奈良の鹿愛護会の丸子理恵獣医師のコメントとして、コロナ禍以前の奈良公園には、ゆるい状態のふんがそこかしこに落ちていた。「ゆるい状態」というのは、
「鹿せんべいや人間のお菓子をたくさん食べ、腸内細菌のバランスが崩れると、ゆるいふんをすることが多い」
という。鹿の健康状態は総じて良くなっている、という記事だ。一方で瘦せ細った鹿も現れるようになった。立沢助教は「鹿せんべい依存症の可能性がある」とした。人から餌をもらうことが当たり前になってしまい、人間に依存するようになった。コロナ禍での環境の変化に対応できないからではないか、としている。
「エサが無くなり飢えていることはありません」
奈良の鹿愛護会は2月2日、国の天然記念物「奈良のシカ」は野生動物です、としたうえで、
「奈良公園に生える芝などを充分に食べているため、観光客が少なくなってもエサが無くなって飢えているということはありません」
と公式ブログに記した。パンや菓子類、野菜などを与えれば虫歯や中毒の原因になり最悪の場合は死亡することもある。野菜の味を覚えてしまうと農作物被害が広がり深刻化している。食べ物を探しに道路に出て交通被害を引き起こす。食べ物の量で繁殖の増減があり、現在は過去にないほどに増え比例し被害も拡大している。「鹿せんべい」については「おやつ」で、歴史的背景を持つ文化。鹿の保護と観光振興の例外として認められている、としている。同愛護会と奈良県による「奈良公園の鹿 ストップえさやりキャンペーン」は今月末まで行われる。
(リンク)
奈良の鹿愛護会公式YouTubeチャンネル
https://youtu.be/nhBUOc4pwjo